さとうのブログ

好きなことして暮らしています。

誰のせいでもないことへの怒り

はろー。悠祐です。

みなさんコウノドリ見てますか?僕は毎週観てます。そして毎週泣いています。

今まで、毎週泣いたのは「あの日見た花の名前を僕はまだ知らない」だけですので、人生で2回目の「毎週泣く」を経験しています。


「泣ける」ポイントは、僕が生まれて来た時の状況を考えるから、です。自分が生まれた時のことなんて全く記憶にないので、母親に聞いてみました。そしたら喜んでくれていたようなので、ぜひその瞬間に立ち会いたかった。いや、既にいたとも言える。けど見てみたかった。僕が生まれた時のみんなの反応。


ここからが本題ですが、みなさん、コウノドリ見てますか?(2回目)

産婦人科と新生児科が描かれているので、よく「低体重児」「未熟児」「早産」「死産」「障害が残る可能性」などの話が出て来ます。皆さん不安な顔をされ、ドクターやナースが「大丈夫ですよー」と励まし勇気づけている様子は、出産経験も親になったこともない僕でさえ、とてもドキドキしながら見ています。


そして、お母さんの台詞の中に「私のせいでしょうか」や「何がいけなかったんでしょう」など、原因を知りたいというようなものがよく出てきます。実際に原因があるものもあれば、原因不明なものもあります。それでもお母さんは、お腹の中の子の異変を「自分の行いが悪かった」と責めてしまうことも多く、僕が出会ったお母さんたちからも聞いたことがあります。

カミングアウトの場面に立ち会ったときや、親御さんから相談を受ける際にも「育て方が悪かったのか」というお母さんもいます。


みなさん、原因がわからないもの、誰のせいかわからないものに直面した時にその理由を探したがります。理由を見つけてご自身を納得させようとします。


誰のせいでもないものを、

誰かのせいにすれば少し心が楽になるのかもしれません。


誰のせいでもないものを

無理やり理由をつけないと納得できないのかもしれません。


誰のせいでもないものを

運命だなんて受け入れられないことの方が多いかもしれません。


その一因がもし「障害をもって生まれた」「セクシュアルマイノリティだった」ことで「我が子の将来が心配だから」というお母さんやお父さんがいるなら、どうか安心してほしい。

僕の周りにはたくさんのケアワーカーやドクター、ナース、ソーシャルワーカーがいて、これからを生きていく人のために戦っている。


何かをもって生まれてきたのが運命だろうが偶然だろうが必然だろうが、

笑って生きていける社会を作ろうと日夜努力を重ねている人がいる。

そして、笑って生きている人がいる。



これから生まれてくる子供や、今を生きている人たちが少しでも笑って暮らせるように僕も頑張る。がんばるんば。