まぎれもなく、僕の日常。

アイドルヲタクと介護とオナベ。

人を褒めるのが好きです。

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こんにちは。いつもブログ読んでくださりありがとうございます。

悠祐です。




最近褒められたことありますか?

僕は、タイトルにもあるように、人を褒めるのが好きです。そこにお世辞も嘘も一つもなく、ただ、自分が思ったその人の素敵なところを伝えたくなる。


僕の中で、それは特別なことではなく普通のことだと思っていたし《わざと》とか《無理やり》やっているつもりもない。


ただ、僕が言ったことを《嘘だ》と本気で思ってしまう人もいて、相手の話を聞いてみると、褒められる言葉をすんなり受け入れられる人より、格段に自己肯定感が低い人が多かった。


それも圧倒的に《ゆとり世代》と呼ばれる人に多かったのだ。

順位もつけられず、成績の張り出しもなく、みんな偉いね、すごいね、と言われて育ったはずなのにどうしてこんなに、《自分を褒めてあげられない人》が多いんだろうか、疑問に思った。

そして、僕と同世代の中に《褒められたら純粋に喜ぶ暑苦しい軍団》もいる。それがマンダリンの皆さんだ。マンダリンの皆さんは、僕が褒めると喜んでくれるし受け入れてくれる。だから僕も素敵だなと思うところ早く伝えているつもりだ。


例えばSAXパートのYさんの社交性は尊敬に値する。誰とでも仲良くなるし誰にでも話しかけられると僕はそう思う。

TPパートのSさんはセンスがいい。面白いし、人に気を使うのが上手。

もう一人のTPパートのKくんはとにかく優しい。人を楽しませようとしてくれるし人の話をよく聞いてくれる。


そんな人に囲まれているもんだから、僕の生活はとても楽しい。今あげた3人以外にも僕の周りには素敵な人が多い。


僕はなんで、ゆとり世代に自己肯定感が低い人が多いのかを考えてみた。そして僕なりに考えついた答えが《みんな褒められるから特別頑張らなくても良かった時代》を生きてしまった代償ではないかと思う。もちろん、それが良かったことだってあると思う。


特に頑張らなくても褒められた

特に頑張らなくても偉いと言われた

特に頑張らなくても怒られなかった

特に頑張らなくても悔しくなかった


頑張るのはかっこ悪い

必死なのはかっこ悪い


そういう波にのまれながら生きてしまった人が僕の周りには多い。



順位をつけることがいいわけじゃないのかもしれないけど、順位をつけられることで伸びることってあると思う。

みんな偉いね、という言葉も素敵だけど

みんなより偉い、という特別体験、そこに行き着くまで頑張ることっていうのは自己肯定感を高める要因になっていると思う。


順位をつけられない時代の中で、音楽という評価基準の明確ではないものに時間を賭け、レベルの高い中を必死に這いつくばった、頑張った人たちは、その成功体験や思い出のもとに「自分は頑張った」と胸を張れるのだと思う。


褒めて「ありがとう」というのは、決して傲慢じゃない。

褒めて「ありがとう」と言われると僕も嬉しい。照れたように笑ってくれる笑顔は可愛い。凛とした表情はかっこいい。


僕はこれからも人を褒めていこうと思います。そこに嘘はないのでみんな受け取ってください(・ω・)


佐藤