まぎれもなく、僕の日常。

アイドルヲタクと介護とオナベ。

l hava a dream。

僕には夢がある。それは誰もさみしい思いをしない社会を作ることだ。

社会的マイノリティも、貧困に苦しんでいる人も、障害を持っている人も

誰もが与えられているはずの人権が守られ、必要な情報が得られ、社会資源を利用でき

孤独死、介護殺人、虐待のない社会を本気で作りたいと思っている。

 

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■自分の生き方を恥ずかしいと思っていた時代

 

僕は性同一性障害の当事者で、生まれは女今男。(フーテンの寅さんみたいww)

今はこうしてブログや講演などで話を出せていただけるようになったが、

昔は、自分の存在は恥ずかしい、隠すべきなんだと思い込んでいた。周りに同じような人はいなかったし、学校の授業でも習わなかった。女の子は男の子を好きになって結婚するのが当たり前だと教わった。

スカートを嫌がる子も、男の子になりたい子も、女の子が好きな友達もいなかった。僕は変なんだと思った。

 

性同一性障害という言葉を知ったけれど、絶望は消えてくれなかった。

むしろ闇は深くなる一方だった。治療、手術、裁判、全てが重く、怖かった。

情報も、コミュニティもない、いや、知らない僕にとって、ぼくの人生はいけないものだって思っていた。

 

ないのをしても消えることのない闇を唯一照らしてくれたのは吹奏楽部というコミュニティだった。

男女じゃない、好きな人も関係のない音楽という共通言語と全国大会という目標で集まった仲間はみんな

ぼくにとってかけがえのない存在だった。心の片隅にある孤独感を除いては。

 

今も大好きだよ。マンダリンのみんな。

 

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■資格目当てだった介護福祉士という職業が見せてくれた世界。

 

介護福祉士になろう。なんて思ってもいなかった。社会科の先生になる予定だった。

ただ、就職活動のことを考え、性別のことを考え、早々に諦めた。その代わりぼくが選んだのは介護の専門学校。

母親が補聴器ユーザー。そのことは僕の人生の価値観を大きく広げてくれた。

手話を習った。点字も習った。福祉施設に通った。障害者の友達も沢山いた。

「好きになった人がたまたま同性だった」という言葉を借りて「友達になった人がたまたま障害を持っていた」という感覚。

 

介護福祉士になってからは、毎日大変だった。対人援助というものがこんなにも奥深く、楽しいことだけじゃないということを身を以て体験した。でも、だんだんと楽しくなってきた。その人を知れば知るほど、できることが増えれば増えるほど、この仕事は楽しかった。

それは吹奏楽に似ていた。沢山練習しても本番は12分間。楽しいことなんて一握り。ただその一握りの持つ大きさと言ったら半端じゃない力だった。だから、仕事は楽しかったし好きだった。先輩は嫌いだったけどね。

 

お年寄りは、だんだんできなくなることが多くなる。高齢、障害、機能低下。自然なことなんだと思う。

その中でも、最後までその人らしさを大切にしたい。それは多分、自分の性別に悩んだ時に「自分らしさ」と向き合ったから、強く思っていたことなんだと思う。できなくなったことがあったとしても、僕らがいればできることがある。

僕はできるだけ「大丈夫」って言えるくらいの知識と技術を持とうと思った。何があっても「大丈夫」と言える強さを持ちたいと思った。

それは今も変わらない。

 

介護福祉士という仕事は私に「誰かがそばにいること」の尊さと力強さを教えてくれた。

 

 

 

■わたくし、ニュースで流れる悲しい話が嫌いでして。

 

虐待、介護殺人、孤独死。連日のようにこんなニュースがテレビで騒がれ、偉い人たちが原因や解決策を話している。勉強になることばかりではないんだけどね。

僕は、圧倒的なつながり不足だと思う。貧困により、本来届くべき情報が届いていない。

ちなみに貧困とは、金銭的なものだけではなく、情報や人間関係、時間や環境など様々な因子が含まれている。その、貧困のせいで人生めちゃくちゃになってしまう人が、果たしてどれだけいるのだろう。正しい情報や必要なリソースを得られずに悲しい結果になるケースがどれだけ存在するのだろう。

 

僕は、見るたびに悔しくなる。知識がまだまだない僕が知っている情報だけでも、救えたことはたくさんある。

「行政のここに頼れたはず」「こんな制度が使えたはず」「こんな繋がりがあれば違う結果になったかもしれない」

そう思うことがたくさんある。

「それが運命」なんて言葉で片付けたくないんです。わたくし。寂しいし悲しいし、なんのために福祉資源があるのかって思う。

 

 

■こんな感じで生きてきた僕がやりたいこと。

 

自分自身がマイノリティだった。そんな僕をまず救ってくれたのは『情報』だった。

先輩当事者の勇気ある発信と活動だった。

だれかが声をあげ、戦ってくれたおかげでできた法律だった。

そしてたくさんのつながりだった。

それがあって今の、ちゃらんぽらんな僕は出来上がっている。

 

「死ぬしか道はない」と思っていた僕を生かしてくれた、そう思っている。

 

だから、

つながりを作りたい。助けてと言える社会にしたい。正しい情報がちゃんと届く道を作りたい。誰も、寂しい思いをしない環境を作りたい。福祉の力で、それを成し遂げたい。

 

 

今、ちょっとずつ動いてます。

いろんな人に協力してもらいながら、一つ目の目標がかなえられそうです。

 

頑張るよ。声をあげ続けるよ。

そうやって、僕がたくさんの人に救われたように、僕も頑張る。

みんなで、頑張るよ。

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