まぎれもなく、僕の日常。

アイドルヲタクと介護とオナベ。

【元都知事のツイートに傷ついたので自殺します】の話

こんにちは、お久しぶりなユースケです。

最近何してましたか?という質問に対して「熱中症にかかってグロッキーになっていました」と言えるポテンシャルの高さ。人は汗が出なくなるとやばいそうです。改めて点滴の効力に驚きと敬意。有り難や、ありがたやでございました。

 

さて、久々の死にたみ案件です。元東京都知事石原慎太郎氏がツイッターでヘイト発言。

 

これを元都知事という立場で言えることが逆にすごいと思います。哀れみの意味を込めて。怒りを通り越して呆れです。今日はこのツイートについてのブログです。

 

 

「間接的人殺し」が重い罪にならない日本。

いじめによる自殺、アウティングを苦に自殺、社会的殺人。このどれもが「本人の心の強さ」に話題をすり替えられ、いじめた奴らは重い罪にならないのが日本です。そして、それは学校や会社などの小社会単位ではなく、こうして公人の立場で平然と発信できてしまうという自覚の低さにも問題があると思います。

 

いいですか?公人や影響力のある人が差別やヘイト的な発信をすると社会の中の一定の勘違い野郎どもが「差別してもいい」「人を傷つける発言も、言論の自由だ」みたいなゴミのような思想を持ってしまう。そして、社会の中で生まれた思想が、また学校や会社などの小社会の中で人を苦しめ、間接的に人を殺してしまうのです。

直接手を下していなくても簡単に人は殺せる。それは、心を殺せばいいだけの話。肉体は魂の入れ物だとすれば、魂が傷つき心が壊れればその入れ物もいらなくなるから自殺をする。それだけのことなんだと思います。

 

そしていじめた奴、傍観者、ヘイターたちは言うのです。「そんなつもりはなかった」と。超卑怯だし超カッコ悪いしゴミだと思ってしまいます。テヘ。

べつにね、同性愛者や性同一性障害の当事者に対して、嫌悪を抱くのも無理解なのも仕方ないと思うんです。人それぞれだから。ただそれが、人を傷つけていい理由になるんですか?理解してくれなくていいからせめて黙っていて欲しい。そう思います。

これ以上、ヘイトスピーチで傷ついて自ら命を立つ人を増やさないで欲しい。

 

 

マジョリティはいつから人の人生に意見を言える立場になったのか。

インタビューで聞かれたことがあります。「佐藤さんは同性婚に賛成ですか?反対ですか?」と。その人に「誰が反対する権利があるんですか?」と聞いたら黙っちゃったんだけどね。

障害者やLGBTが社会の中で権利を不当に奪われている。誰もが結婚するかしないかを選べる権利があるはずだし、自分の性別について言いたくない人もいるし、それは性的マイノリティにかかわらず、自分の人生において最善、最良の選択肢を取れるようにすることが基本的人権の尊重だと僕は思う。

 

元都知事はその辺勘違いしている。そして、自身の中にあるヘイト心を「世の中」という主語にすり替えて正当化しようとしているところもまたカッコ悪い。

百条委員会で「言葉を忘れてしまった」と言っているにもかかわらず、こんなに立派にヘイトツイートしているということは、リハビリの成果なのだろうか。

氏は数年前にも性的マイノリティに対し差別的な発言をしたが、未だに同じことをくりかえしている。それこそ「社会の衰退」なのではないかと思う。

 

 

 

こういうことがあったという備忘録として。

ユースケ。

 

 

 

 

 

【コード・ブルー】の話

 

こんにちは!ユースケです。

今日は訪問中突然の雷雨で全身びちょびちょになり、途中で服を一式購入しました。島村は安くていい服が売っているのでよく利用させてもらっています。

商品を見ていたら、プーさんとスパイダーマンのパンツが売っていたので即購入。かわいい下着が好きです、というと変態っぽさあふれちゃいますが、実際にそんなんばっかり持ってます。

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さて、昨日からついにコード・ブルー3rd seasonが始まりました!

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1,2から熱心に見ていた僕にとっては最高の夜でした。最近夕方に再放送をやっていて、それを見てあのころのことを思い出しました。看護師とか救命とかかっこいいなーって思い、そういう仕事に就きたいと思ったこともありました。僕ドラマとかにかなり影響受けやすくて、愛犬ロシナンテの災難をみて獣医になりたいって思ったこともあるし、踊る大捜査線を見て警察官になりたいって思ったこともある。介護福祉士は何かに影響されたわけじゃないけどね。だから、今回またドラマを見て看護師ってかっこいいなーって思ってます。冴島さん最高。

 

これから月曜日が楽しみです。毎週見ようと思います。

ちなみに、見逃した方はFOD(フジテレビオンデマンド)で見れるのでそちらでもぜひチェックしてみてくださいな。

【人の気持ちなんてわからないことを前提に生きる】の話

こんにちは。ユースケです。今日も熱い。非常に暑かったです。8月になったら40度になっちゃうんじゃないでしょうか!なんていう古典的な漫才の導入みたいなセリフが自然と出てくるくらいにはアツかったです。

 

そんな中「みんな暑い思いしてるんだから我慢しなさい」という典型的な言葉を耳にしました。僕の嫌いな言葉。「みんな暑いんだったら我慢しないで改善策考えたらいいのに」って思っちゃうんです。嫌味なやつだと自分でも思います。お許しください。

嫌いな言葉ついでにもう一つ上げると「人の気持ちを理解しなさい」という言葉も「うーん。」ってなります。というのも、僕が専門学校の二年生の時にこんなことを教わったからです。
 

「目の前の人が助けてって言えないことを察して動け」
「他人の気持ちなんて誰にもわからないことを心に刻んで人の気持ちを考えろ」
「痛みや苦しみ、辛さは人と比べるもんじゃない。自分が辛いなら休め、誰かが辛そうなら手を差し伸べろ」

専門の最終実習で学んだことはこんな感じ。

 

人の気持ちを100%理解することなんで誰にもできないと思うし、そういう気持ちを抱えた人となりや背景なんて人それぞれ。そんな中で理解したつもりになって話が進んでいくことが一番怖いなと思います。

よくケアマネさんや介護職の人の中に「〇〇さんのために」「〇〇さんのことを考えたプラン」といって、本人のいないところで本人の意思に関係なくプランが話し合われているところを見ます。本人の願いや思いをそっちのけで、いや、本人の願いや思いを「わかったつもり」になって話し合われていることって皆さんの周りでもいくつか起こっていませんか?僕はよく見かけますよ。

それ、本当に大丈夫?というオレオレ詐欺対策の標語が自然に出てきてしまうほど。

 

介護職もケアマネも【優しい】人が多いから【できなくなること=悪いこと】と思っている人も多いなと感じます。食べられないこと、歩けなくなること、話せなくなることがそんなに悪いことでしょうか。もちろん、本人が望めばその機能を維持、回復するように努めるのは大事だと思います。ただ、本人が自分の人生の終わりを考え、覚悟しているならどうでしょう。そんなに無理に食べさせる?そんなに無理に歩かせる?って思うこと結構あります。

 

難しいよね。プラン立てるのって。僕はまだケアマネの資格すら持ってないから大口叩けないけど、でもできるだけ本人の望む生き方に寄り添いたいって思ってる。

  • やりたいこと、望む姿が言えない状況を作らないこと。
  • 本人の気持ちを分かったつもりにならないこと。
  • その人の思いを尊重すること。

初めて僕がたてたプラン(実習の時にね。)は何度も突き返された。「これはあなたが望むあの人の姿でしょ?」「あなたのための利用者さんじゃないの」って言われた時はパンチ力強すぎて泣いたなあ。。。でもいい実習でした。

 

ケアマネや介護職に「アタリ」「ハズレ」があっちゃいけないなと改めて思ったので書いてみました。おしまい。

【いい天気】の話

こんにちは!ユースケです。

今日もいい天気ですね!海行きたいプール行きたい!!と毎日のように唱えながら東京で最も四季を感じられる街"八王子"からお届けしています。夏は暑くて冬は寒い、すてきな街です。


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熱中症に気をつけながら今日も過ごしたいとおもいます。

【感情】の話

こんにちは。ユースケです。

みなさん最近思いっきり笑ってますか?

僕は昨日みぞおちの辺りが筋肉痛になるほど笑いました。未だに後遺症が続いております。イテテ。僕が笑ったのはノンスタイルの漫才動画で、大抵落ち込んだときはお笑い芸人さんの動画を見ています。昨日は何も落ち込んでなかったけど見たらこのざまです。お腹痛い。


あと、最近思いっきり泣いたことってありましたか?

僕は小林麻央さんのニュースで三日間泣いてました。会ったこともないのになんであんなに泣いたんだろうっていうくらいに泣きました。


僕は、もう年齢的にはとっくに大人なんですが、精神年齢が子供なので

感情にあまりリミッターがかからず、よく泣くしよく笑います。一時期鬱症状があったときにはそれができなかったので、人間の体は良くできているなと感心したほど。そしてそれが自分のシグナルなんだということを知りました。

そうやって、感情のことを知ってから「他のみんなはどうなんだろう」と、かんさつするようになりました。友達、利用者さん、大人も子供も関係なく観察していると、、特にわかったことはなかったですが、やっぱり大人は感情を押し殺す場面が多いなとは感じました。

そして感情を我慢すればするほど感性も鈍ってしまうことがあるのかなと思います。あくまで僕の周りはね。


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↑僕が確実に泣く映画


今まで多くのお看取りにかかわらせていただきました。そのとき、僕が心がけているのは「ご家族がちゃんと悲しめる時間を作ること」です。悲しまなくてもいいんだけどさ。事務作業やエンゼルケアを完璧に素早くこなしたいというのはそういう思いもあってのこと。エンゼルが早ければ、故人様がまだ温かいうちに綺麗な状態でご家族に触れていただけるから、僕はその一心でエンゼルを早く丁寧にできるようにスキルを上げました。だから、他の介護福祉士より自分が得意なことと言われたらエンゼルケアかなって思います。


自分の感情をうまく吐き出すことってストレスケアにもつながるしとても大事なことって思うので僕はこれからもだれかの感情のはけ口になれるような人間になりたいって思います。思いっきり笑って、思いっきり泣いて

そういう時間を一緒に過ごせる人になりたい!って思います。



【上半期】の話。

こんにちは。ユースケです。

今日で上半期も終わりです。まだ半年か。。そんな感じです。

今年は仕事をやめました。社員もやめました。フリーターになりました。

生きて行くのは難しい、正社員でいた頃には感じなかったものが次々と溢れてきます。

ただ、フリーになったから見えるもの、感じることもたくさんあります。

 

これを下半期は形にしたい。お金に対しての焦りから、正社員に戻ったほうがいいのかなって思う時もあるけど、下半期で巻き返したい。

 

そう思っています。

 

やるよ。

 

佐藤悠祐。

 

 

僕にとって「性同一性障害」であることとは。

こんにちはー。ユースケです。

みなさんご存知かと思いますが、僕は性同一性障害の当事者で、現在ホルモン注射と乳腺摘出手術を受けて、社会的には男性として生活を送っています。最近では、初対面の人との集まりでは「もともと女の子だなんてわからないよ」って言われるくらいおじさん化が進み、とても嬉しく思っています。

↓おじさんショット。

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僕は、小さい頃から自分を女の子なんだと思ったことはありません。ただ、周りが僕を「女の子」の枠組みに入れてくるので、それに適応しようと思ったことはありました。そうしないと生きていけないと思っていました。ただ、自分を女の子だと受け入れたことはその時も、その先もありませんでした。

そんな自分を「性同一性障害」と思ったのは中学生の頃。その症状に名前がついてほっとしましたが、治療や手術と聞くとちょっとびびってました。性同一性障害を知ってからも、もやもやは続き、誰かに吐き出さないと耐えきれないと思ったのが18歳。初めて人にカミングアウトをしました。学校の最寄駅で。超緊張しながら。

その子が僕のカミングアウトを受け止めてくれなかったら僕どうなってるんだろうって今でも思います。ありがとねー。

 

それから紆余曲折あって今みたいな感じに落ち着いています。

そんな僕にとって、性同一性障害とは「僕の一部」です。今でも「性同一性障害じゃなきゃよかったのに」と思うことはありますが、そんなこと考えたって人生やり直せるわけではないので「今世はそういう生き方をしなさい」って言われたんだと思いながら共存しています。ただ、小林麻央さんの記事を読んで「性同一性障害は僕の人生のすべてではない」と思えるようになりました。僕の人生だって、性同一性障害以外にもいろんなことがあります。アイドルや介護や吹奏楽が好きなことも、高校生の頃全国大会に行ったことも、NPOを立ち上げたことも、夢を追っていることも、そのどれもが自分の人生で自分の生き方なんだって思います。

 

見栄を張って「全部幸せ」何て言いません。泥臭くても、みっともなくても生きていこうと思います。嫌なことがあっても、辛いことがあっても、それもひっくるめて自分の人生だと受け止めて大半の時間笑顔で生きていこうと思います。

自分で自分の人生に誇りを持てるような生き方をこれからしていきます。

 

笑いながらね。

 

佐藤悠祐